浅川マキと夜行列車と少年

春一番が吹いた日、やっとインフルが治って久し振りに
画廊に行くと、なんだか暗~い歌が流れていて、
しまじろうさんがめずらしく真剣な面持ちで作業をしてました。

「知らないだろけど、昔アングラの女王って言われた浅川マキだよ、
おじさんの勝負歌なんだ、10年前、公演先の名古屋のホテルで急逝した時が67歳、
先週のバレンタインでしまじろうも同じ歳になったよ」

「わたしは、大きな川が加賀平野を走り抜けて日本海になだれ込む、
河口の小さな町の役場で年金窓口係だった。
何の不満もなく、だが虚ろな日々が流れて行く。
何処でもよかったのだ。
とにかく汽車に乗った。
各駅停車の列車だった。
長い時間、固いシートに凭れていた」
浅川マキ「こんな風に過ぎて行くのなら」より

1962年北陸の小さな町から、二十歳の彼女が乗った上野行きの夜行列車、
まだ電車夜行急行「妙高」や「能登」ができる以前、
たぶんチョコレート色の旧型客車のかたい緑色のモケット座席で、
碓井峠のアブト式ギアのうなりを聞きながら、眠れない夜を過ごしたんだろうね

「やっぱり鉄道が気になるんだ! わたしは新幹線のほうがいいわ」

マキは詩人だ、と寺山修司が言ったけれど、この歌が心にしみるよ

「夕暮れの風が ほほを撫でる
いつもの店に 行くのさ
仲のいい友達も 少しはできて
そう捨てちゃもんじゃない

さして大きな 出来事もなく
あのひとは いつだってやさしいよ
どこで暮らしても 同じだろうと
わたしは思っているのさ

なのに どうしてか知らない
こんなに 切なくなって
町でいちばん高い丘へ 駆けてくころは
ほんとに泣きたいくらいだよ

真っ赤な夕日に 船が出て行く
わたしのこころに なにがある」(浅川マキ 少年)

バレンタインが誕生日でロマンチックなのに…シマジロウさんはアングラの曲を聴きながら青春時代を

過ごしていたのだろうかと想像するフクちゃんでした(笑)